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S氏社長の「今こそトップダウンのとき」「閉塞感」の打開のために長身で穏やかな物腰の「JTB」社長S氏は、歴代の社長が経験したこともない大改革を、○二年の就任間もないうちに断行することになる。 これは、完全なるトップダウンで行われた。
現場の力が強く、ボトムァップの企業風土で知られるJTBでは、トップダウンはあまり類をみない。 しかし、経営体質の改善とあって、すべての陣頭指揮はS氏がとった。

S氏は、六七年、東京大学理学部を卒業して入社した。 現場を経験してのち、財務や営業本部など管理畑を中心に歩んできた。
とりわけ財務部長時代にその手腕を発揮したという。 航空会社のある幹部は、「JTBの大改革は、財務出身のS氏さんだからできた」と語っている。
バブル期には、当時の富士銀行と折半出資で設立された「日本ダイナースクラブ」へ五年間出向し、成長株だった日本のクレジットカード業界を牽引した。 若いころ、『賢者の石』ヨリン・ウィルソン著)をニ五回も読んだというほどアカデミック志向だったというS氏は、「生まれ変われるのであれば、今度はアカデミーの道へ進みたい」リストラとりエンジニアリングだけでは本当の改革にはならない二一世紀を勝ち残る方策に、「コア・コンピタンス(競争力のある中核となる事業)」が挙げられる。
JTBがコア・コンピタンスの構築を成功させるために欠かすことができなかったのが、「リストラクチャリング」と「リエンジニアリング」のニつだ。 しかしこのニつも、肝心な基本戦略がなければ成功できる保証はない。
S氏は、リストラクチャリングとりエンジニアリングの二つを敢行するのに先立ち、「これからの基本戦略」、つまり、ホールディング化のシナリオとその勝算を、早期のうちに社員とあるインタビューに答えている。 S氏は、ここ数年、現場にはある種の「閉塞感」が拡がりはじめていることを察知していた。
数字管理主義になりがちな時代に、硬直化した組織を蘇生させるためには、やり方を変えるしかない。 マーケットや消費者の心は、かつてとは比べものにならないほど変化が速く、しかも加速の度合いを強めていた。
変革を決意し英断を下すまでの道程には、社内外から沸き起こる賛否両論、多事多難に追われる日々が続いた。 社の歴史に大きく刻まれることとなる大解体に、「反駁がなかったわけではない」と、のちに語っている。
時代は激しい流れで変化をしていたが、それでも経営体力があって士気が下がってしまわないうちに実行に移すことができたのは、経営企画スタッフの尽力による。 ホールディング化実施までの準備に費やした月日は、公式発表からわずか一年半であった。

詳細は次で述べるが、そこにはドラマと「対価と代償」があった。 「拙速な経営判断ではないか」という疑問の声も少なくなかった。
しかし、このスピードのある経営判断が、単に組織の改革にとどまらず、業界の再創造や会社の基本戦略の練り直しを促し、ホールディング化後、初となる決算を最高益に導いた。 未来のための競争力をつけるには、「他社には提供できないような特定の利益」にこだわる必要はない。
成功するコア・コンピタンスとは、その企業がもつ強力なブランドカをテコに、新しいビジネスチャンスをも創出し得るものである。 例えば、従来の「百貨店型」JTBの強みを活かした富裕層への取り組みは、業界で先陣を切った。
富裕層向け専門店「ロイャルロード銀座」をオープンさせたのは、全社員に向けて非常事態宣言を発した○三年であった。 日本の個人金融資産の合計は、約一五○○兆円あるといわれているが、これは勤勉な日本人の貯蓄性向の高さゆえと一概には言えない。
野村総合研究所の調べによると、この資産合計の約一四%にあたる三三兆円は八六万世帯が有しており、その平均額は一世帯あたり二億四六○○万円以上にものぼる。 わずか八六万世帯ではあるが、この富裕層を固定客にするだけでも、立派なビジネスが成り立つのだ。
こうした成功事例をもとに、ホールディング化による「専門店化」が後押しされた。 しかも、それは単なるマーケットの細分化、企業としてのダウンサイジングではなく、「一つのJTB」をより強固に、ますます大きくするための周到な「経営戦略」だったのである。
改革は一五○億円のコスト削減から始まった社長のS氏を陰で支え、ホールディング化を成功に導いたプロジェクトの一人に、常務取締役総合企画部長のST(現、事業創造担当・CIO)がいた。 やや早口で、せっかちなタイプだが、頭の回転は速い。

「トップの強いリーダーシップがあったから、大改革という難事を乗り越えることができた」と、Sは当時を振り返る。 改革の是非は、ホールディング化の施行から三年も前のニ○○三年、Sがまだ経営企画部(現、総合企画部)の部長時代から議論されていたという。
「業績を評価する管理会計に偏りがあるのではないか」「インセンティブの出し方や予算の組み立てがしづらい」など、地域や属性にばらつきがあることを論じ合う機会が増えていた。 「マーケットに正面から対時していないのではないか?」「帳尻を合わせることばかりを続けていては、消費者ニーズの変化のスピードについていけない」など、現場の長からヒアリングを重ねるたびに管理制度の見直しが急務であることに気づかされた。
本社機能を極限まで削ぎ落とすJTBの本社ビルは、丸の内の賃貸ビルだったが、現在は跡形もない。 複合商業施設「オアゾ」として再開発されたのだ。
丸の内本社ビルの立ち退きに際して借地権を売却したJTBは、そこで得た利益九一億円と未活用地の売却益などをあわせ、一八五億円で東京・品川区の天王洲にビルを取得した。 ○一年一月一日、社名を「株式会社ジェイティービー」と改めるとともに、本社所在地を天王洲へ移した。
地上ニ○階、地下一階のJTBビルは、西側にJALビル、東側にシティコープグループビルがそびえ、東京モノレールの天王洲アイル駅に直結している。 この近代的で洗練されたビルには、四○○人余りが勤務していた。
しかし、○三年の改革で、本社機能を一○○人にすると計画したのだ。 これによって本社の事務コストを約四五億円削減できることになる。
現在、過去、未来に関わる問題だけに、S氏は言葉を選んだ。 しかし、これが成功すれば、約六○億円のコスト削減が実現する。
さらに、残りのうち約四○億円の削減は、「現場でなく、本社でやろう」という話になっていた。 一つひとつを積み上げていくリストラが本格的に始まったのだ。
本社を一○○人に絞るということは、本社機能の中でライン部門を極限にまで削ぎ落とし、ほぼスタッフ部門だけにしなければならない。 本当に必要な人員を判断するために、本社業務をリストアップして、一つひとつ現場にヒアリングを実施した。
自己申告をさせず、改革チームだけで推し進めたのには、半年という短い期間で削減しなければならないという背景があった。 ○三年六月から年末までの間にこの改革を敢行するとなれば、八月内示の一○月一日付け発令でなくては間に合わない。
スピードを要する一連のコスト削減策には、年金制度改訂、本社コスト削減、原価見直しなど、八つのプロジェクトを組んで対応にあたった。

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